コラム

2023.10.25

発達障害の偉人シリーズ④ 織田信長 ~天下統一を夢見た異色の戦国武将~

戦国時代を代表する大名の一人として、歴史の教科書にその名が刻まれている織田信長。
独特な戦術や斬新な発想で、当時の常識や伝統を覆すような行動をとった背後には、「もしかしたら脳機能の偏りがあったのでは?」と推察する学者も多くいます。
今回の「発達障害の偉人シリーズ」では、戦国時代の風雲児として名を馳せる信長の卓越した才能や特異な行動を探り、歴史に名を刻む一因を考察します。

織田信長(1534-1582)は、多くの点でその時代の「常識」や「慣習」を打破しました。
例えば、農民出身の者を重用し、武士階級にとらわれない人材登用をおこなったことが挙げられます。
また、伝統的な陣形や戦術を捨て、鉄砲を主要な武器として取り入れ、大量に配置することで敵を圧倒する戦術を用いました。
このような「型破り」な考えや天下を目指す過程で示した多くの意思決定は、彼自身が持っていた一種独特な感性や価値観から来ていたのかもしれません。

また、信長は人との関わり方にも特徴があったといいます。
彼は自分を特別視し、他者とは一線を画する振る舞いを多く見せています。
自己中心的でありながらも、そのカリスマ性は多くの人々を引き寄せました。
信長が自身の感情をコントロールすることの難しさや、人間関係のコミュニケーションに苦労していたエピソードも多く残されています。
これらは、発達障害の中でも、対人スキルに課題を持つ人々の特徴と重なります。

信長のコミュニケーションスタイルもまた興味深いポイントです。
彼は仲間に対して極めて協調的である一方、他方では冷酷で容赦ない一面も見せています。
こういった振る舞いのバラつきは、彼が自身の感情や他者の感情を理解し表現するのが困難であった可能性を示唆しています。
感情の激しさや怒りの爆発も顕著で、時として彼の行動の原動力となり、同時に彼の統治に影を落とすこともあったとされています。

織田信長の特異な行動や独自の価値観は、強い個性かもしれないし、発達の特性から来ているものかもしれません。
彼が歴史に大きな足跡を残すことができたのは、自身が持つ「ちがい」を最大限に活かし、時にはそれを武器に変えていったからではないでしょうか。

一見、困難に見える特性も、適切な理解と支援があれば、未来に向けた大きな可能性となり得ます。
私たちコペルプラスの役目は、その「可能性」を見つけ、育むことにあると考えています。
 

注: 歴史的な人物に対する発達障害の仮説は、あくまで文献や資料に基づく仮説としてお読みいただけますと幸いです。


監修:
発達支援スクール コペルプラス
代表講師 有元真紀

幼児教室コペルの講師時代から、のべ1万人以上の子どもたちの指導に携わる。
また近年は指導員の育成にも力を入れている。

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