わたしの教室の感動ストーリー

平井教室:閉所
新宮千春

『光明』

『お母さん、大丈夫。理人君、大事なことはきちんと備わっているよ。』
この言葉はきっと一生忘れない。

理人が初めて発達の遅れを指摘されたのは2歳になったばかりの頃だった。
保育園に通い始めて半年が経った頃で、私は理人の妹を出産後、育休を取得中だった。
そんなある日、妹の新生児検診で区の職員が家に来られた際に、理人のことについても質問をしていた。もともと理人は黙々と一人で遊ぶのが好きな子だったが、こういう子もいるのだろうかと。それを聞いた区の職員は、言葉の発達などを含め、児童心理士に相談が出来る場所があるので、そこで一度話をしてみてはどうかと教えてくれた。
私は、理人の通う保育園のお友達の中にも理人と同じように、寡黙な子がいるのを知っていたので、これくらいの年代の子供はどういう言葉をどの程度話すものなのか、専門知識を持つ方に聞いてみようというつもりで相談に行った。
しかし、そこで告げられたのは衝撃的な内容だった。
「言葉の発達としては一般的な子から半年から一年ほど遅れています。ただ、個人差も大きく、一気に発達する可能性もある時期ですので、継続的に確認をしていきましょう。」

そんな想定外の指摘を受けてから、継続して心理士さんに相談を受けること約3年。2~3か月に一度の、心理士さんとの相談の回数はもう数えきれないほどになっていた。その中で何度か療育を考えたほうが良いかもしれないと言われたこともあった。ただどうしても、私には理人の発達遅れを受け止めることが出来ずにいた。家庭でできることはないかと声かけや勉強、運動などありとあらゆる方法を試していた。
そんな日々を続け、理人が5歳になった頃のある相談の日、分野によって発達に大きな差があることに気付いた心理士さんに、「どのような分野が得意なのか不得意なのかを調べられるテストがあるから、一度それを受けてみてはどう?」と提案をされた。「得意・不得意を知ることで、理人に合った働きかけを探せるかもしれない、育児が楽になるかもしれない」とも言われ、家庭での方法に手ごたえを感じられていなかった私は、現状打破のキッカケを得られるのなら受けてみるのもいいかもしれないと、紹介されたメンタルクリニックを受診させることにした。
その結果、やはりこのテストでも発達の遅れを指摘された。また、社会性の部分にも遅れが見られると診断された。そこで保育園での様子をもっと把握するように言われ、保育園の保育士と面談を重ね、園での様子を聞き取り、その結果をクリニックに伝えて相談しつつ、もともと相談している心理士さんとも相談する。その相談をもとにその家でできることをやりながら、療育施設も継続して探す…。そんな生活を一年ほど続けたが、遅れは変わらず、療育施設も決まっていなかった。
就学まであと1年と数ヶ月となった頃、療育施設へ通える最後のチャンスと言われていた三月が近づいていた。そろそろ連絡がないと療育は諦めるしかないと心理士さんと話していた矢先のある日、療育施設の空き待ちをしていたひとつの療育施設から『年度が替わる4月から空きが出そうだ』と連絡をもらい、何とか契約をさせてもらうことが出来た。それがコペルプラス平井教室だった。

 いよいよ理人は年長になり、無事コペルプラス平井教室の初日を迎えた。初めに発達の遅れを指摘されてから3年半が過ぎた頃だった。
 今までの3年半、保育士、児童心理士、メンタルクリニックの医師と数え切れないほどの話し合いを重ね、自らも関連しそうな本を何冊も読み漁っていた。様々な声かけや遊びなども継続して試し、理人と関わる時間を増やす為、転職もした。家庭で私が出来る、思いつく限りのことは全て行ってきたと思っていた。
それでもこれといった成果は得られず、もしコペルの教室でも変化が見られなかったら、もう何をやってもダメなのかもしれないと心のどこかで思い始めていた。

ところがその考えは、初回の教室たった一回で吹き飛んでしまった。コペルの教室の時間は、今までの3年半の期間は何だったのかと思うくらい、私たち親子にとって充実したものであった。
行き来の時間も含め教室に通っている間は、私と理人が一対一で接することが出来る貴重な機会になったこと
コペルの先生の接し方をみて、褒め方や声のかけ方を勉強させてもらったこと
子供の成長をはかる視点を教えてもらったこと
その日の課題を終え、すぐに専門的な意見・的確なフィードバックをもらえたこと

これら全てのことが、どれも本当に有難かった。中でも特にありがたかったのは、その日の教室を終え、すぐに専門的な意見・的確なフィードバックをすぐにもらえたことだった。
コペル教室に通う前の3年半は、専門的な意見が欲しい時にすぐお願いすることは出来ず、相談したい出来事についても相談者の私しか実際に目にしてはいないので、懸命に説明するものの、思うように言いたいことが伝わっていない感覚があった。
一方で、コペルの教室では理人の様子ややり取りの全容を先生も私も目にしているので、話そうとする状況がよく分かり、こちらの質問の仕方が悪くても、質問の意図を先生が汲み取って答えてくれた。分かってもらえる、どんなことにも答えてもらえるという状況が、信頼や安心感につながっていた。

そうしてコペルの教室に通い始めて数ヶ月が経った。
相変わらず苦手な分野があったり、落ち着いて座っていられない時間があったり、気持ちの切り替えがうまくいかないときもあったりした。しかし、毎回楽しそうに教室へ通い、課題に一生懸命取り組む姿を見たり、先生に理人のことを褒めてもらえたりすると、本当に嬉しく思い、またそんな理人を頼もしく思っていた。

そして、コペルの教室に通い始めてから半年弱が経ち、理人の6歳の誕生日が近づいていた頃だった。
メンタルクリニックからWISC-Ⅳというテストを受けようと言われた。前回も受けた、どのような分野が得意なのか不得意なのかを調べられるテストの、6歳からの子供を対象にしたものだそうだ。
私はコペルの教室での理人の姿を思い返し、確かに不安や心配な面はあるが、半年間コペルで頑張ってきて、得意・不得意の分野や程度に変化が出ているかもしれないし、就学前に現在の状況を知るには必要なことだと判断し、理人にテストを受けてもらうことにした。
しかしそれから数週間後、医師から告げられたテストの結果に過去最大の衝撃を受けた。
「小学校の通常級に通えるギリギリ最低のレベルだね。でも、これだけのレベルあると支援級には絶対通えないんだよね。」
得意・不得意を知るだけだと思っていた私は、小学校で通常級や支援級という単語が出てくるとは夢にも思っておらず、呆然としまった。そんな私に、医師は追い打ちをかけるように続けた。
「この結果になったのはお母さんの細かすぎる性格が原因だね。その性格に幼いときから子供は合わせて適応してきたんだよ。それが今の彼を形作っちゃっているんだね。」
言葉が出なかった。その代わりに次から次へと涙があふれてきて止まらなかった。
その後、何を話してどうやって家に戻ってきたのか覚えていない。
ただただ、取り返しのつかないことをしてしまったという気持ちと理人への申し訳なさがずっと頭の中を飛び交っていた。
『この子の遅れは私のせいなんだ。だからこの子は苦しんでいるんだ。私が口うるさく言ったから我慢させて、話さなくなって…。私の性格が理人をあんな小さなときから苦労させて今もこれからも苦しませるのか。そっか、全部私のせいだったんだ。理人、ごめんね。ごめんね。』

その日から、私は理人にどう接すればいいのか全く分からなくなってしまった。しかし、正解もわからない上に、人の性格はそう簡単には変えられない。ただ一つ変わったことは、私の精神状態が、仕事中でも家事をしている時でも、ふとした瞬間に涙がこぼれるようなとても不安定な状態になったことだった。子供たちの前で泣かないように、ただそのことだけに必死だった。

それからまもなく、コペルの教室に通い始めてから半年の面談が行われる時期となり、私はその面談を実りあるものにして、今後の対策をしっかりと考えなければと焦りを感じていた。
私は、出来る限り面接で役に立ちそうな材料を集めようと、理人が生まれた時に遡り、今まで保育士や心理士、医師に相談したことやその時々に言われたこと、親族やママ友から言われた言葉やエピソードなどを思い出し、書き出すことにした。
生まれてから6歳になる今までの期間を対象にしたので、かけてもらった言葉やエピソードも数多く、心理士さんへの相談開始からも約4年が経ち、その内容も相当な量になった。終始、この時のこれが悪かったのかな、あれも良くなかったのかな、この時にあれをやっていれば違ったのかなと後悔に苛まれるとても苦しい作業だった。そして何時間も、何日にもかけて涙を流しながら行った。ただただ、「私が性格を変えなければ理人が苦しむ。何かを変わえるためのヒントを探さなければ…」と必死だった。
そしてその作業も終盤に差し掛かった頃、もうつい最近の事柄まで遡っていた時だった。ある日のコペルの教室、課題が終わってフィードバックを受けている時にかけて下さったある先生の言葉を思い出した。どの先生も毎回理人を褒めてくれて、私にも嬉しい言葉をかけて下さっているが、その先生の言葉は、かけて下さったその時から少し引っかかっていた。だからか、その時の言葉のトーンだけでなく、その時の先生の表情や仕草まで鮮明に思い出すことが出来た。

『お母さん、大丈夫。りひと君、大事なことはきちんと備わっているよ。』

この言葉はその時の言葉だ。この時は先生の言う『大事なこと』が何を指しているのか分からなかった。「教室の課題で平仮名が書けたことだろうか?終わりの歌でありがとうございましたと歌えたことだろうか?でも今日に限ったことではないしなぁ…」と不思議に思っていた。
ただ、先生が、両手を机につけた状態で少し前のめりに、私の顔を覗き込むように視線をしっかりと合わせて、いつもより少し低めの真剣なトーンでおっしゃったことが、とても印象的だった。何かがいつもと『違う』ということだけは感じていた。
この言葉がキーワードになりそうな予感がしたが、まだ真意は分からないままだった。

そして、少し日が空いたある時、ふいにハッと気が付いた。
コペルの教室では、引っかかっていた言葉以外に、どの先生もよく言って下さる言葉があった。
『理人君って本当に優しいですよねぇ。』
これは保育士やママ友にもよく言われていることだったが、私は毎日妹と喧嘩する場面ばかりを目の当たりにしていたので、言われる度に外面は良いんだろうなと思っていた。しかし、コペルの教室ではマジックミラーで私もお勉強の様子を全て見ている。見ていたにも関わらず、特別優しいと感じた場面はなかった。では先生はどのような部分でそう感じたのだろうか?私は今一度、コペルの教室に通ってからの様子を書き出した部分を読み返してみることにした。そしてついに理解した。
私がマジックミラー越しに見ていたのは、平仮名などの文字や数字を書けるか、言われたことに対する計算・処理の能力、記憶能力などだった。しかし、課題を行う中で、先生とのやり取りの中で、次のような場面があった。
分からずに教えてもらった時は「そっか!ありがとう!」
ペンを返す際に「はい、どうぞ」
机から何かが落ちたり、運動で疲れた素振りを見せたりした先生に「大丈夫?」

『大切なこと』。それが、先ほど挙げた相手への声掛けのような、挨拶などのマナーや他人を思いやれる優しさのことだったのではないかと気付いたとき、真っ暗闇の中で当てもなく彷徨い歩く私に一筋の光が差しこんで、頭上に雲ひとつない青空が瞬く間に広がっていくかのような感覚を覚えた。

人として思いやりを持つことや他人に優しくできること以上に大切なことなどあるだろうか、いや、私には考え付かない。勉強が出来ることや処理能力が高いことはもちろんそうであるに越したことはない。出来ないと苦労をすることも分かる。しかし、勉強が出来たとしても人に優しく出来ないような子には決してなって欲しくない。
私の細かすぎる厳しい性格は、理人の貴重な幼少期を、辛い楽しくないものにしまった。その過去はやり直せない。理人をマナーの守れる人間に育てたいと思い幼少期が大事だと気負った接し方は、乳幼児に向ける親の姿勢として完全に誤ったものだった。これからも理人は言葉や社会性の遅れなどの弊害に苦しみ続ける。そのことを本当に申し訳なく思うし、心の底から反省している。
けれど、私がしてきたことは理人を苦しませたくて起こした行動ではないことも確かで、当時の私が考えうる最善を尽くしてきたということも自信を持って言える。

理人は十分すぎるくらい優しい子に育ってくれていた。しかも、それを何人もの大人から褒めてもらえているくらい、場所を問わず、発揮してくれている。そういう立派な子に育ってくれている、育てられているよということを、先生のこの言葉は教えてくれていたではないかと思った。
理人は知らず知らずのうちに人の顔色を細部まで観察して適応する能力を身につけてしまった。6歳児にしては子供らしくない部分だと思う。でも不安な時には手を握ろうとしたり、姿が見えなくなると探してくれたりする、ちゃんと親を頼ってくれて甘えたいと思ってくれている年相応の6歳児の子供らしい部分もまだきちんと持ち合わせてくれていた。
 それを認識できた今、私がやるべきことは定まった。
今までの、年齢度外視の厳しい態度・間違った接し方を見つめ直し、彼の年齢に合わせたものに替えること。そして、マナーなどの私が彼に望む行動の理由をきちんと言葉で説明すること。最後に、彼をきちんと甘えさせてあげること。自分だけを見て欲しい、褒めて欲しい、受け止めて欲しいという欲求を満たしてあげること。

 テストの結果はきちんと事実として受け止める。しかし、テストは慣れない環境で初対面の人相手に緊張する状況で行われた。そのことも踏まえて考えないといけないとも思う。
 私は今まで約半年間、コペルの教室での理人の取り組みを見てきた。今の理人の性格については以前より理解を深められていると思っている。
理人にも内と外の顔があり、しっかりと使い分けているということ
持続することは難しいが集中する時の集中力には凄まじいものがあること
大人の顔をよく見ていて、そこから感情を読み取ろうとしていること
映像での記憶が得意そうだということ
そして、もっと認めてもらいたい、褒めてもらいたいと思っているということ。

これらのことを知ることができたことは、私にとっては本当に大きな出来事だった。
通う前の三年半もの期間では分からなかったことで、コペルの教室に通えて心から感謝していることのひとつだ。

コペルの教室の先生方には、理人の成長だけでなく、親である私にも育児で本当に大切なことをいくつも教えていただき、親としても大きく成長させていただき、自分の育児に自信を持ってもいいのだと気付かせて下さったことに本当に感謝している。感謝してもしきれないほどだ。
今後、就学してからも勉強の遅れや社会性の面で焦りや不安はまた湧き上がるだろう。しかし、コペルの教室で教わったことを思い返し、コツコツと取り組み、積み重ねてきたことを自信思うことが出来たら、そのような局面もまたきっと乗り越えられると信じている。
 私も母親6年生。まだまだ経験が足りない。間違ってばかりだ。
大きな回り道をしてしまったように思うけれど、嬉しい時や苦しい時などのすべての期間、出来事が私にとっては必要な経験だったのだと思う。自分の誤りにこの時点で気付けたことを幸運に思い、私の子育てを全否定されたわけではないと思えるキッカケの言葉をくれた先生と、そのことに気付くために必要だった、他の先生方が日頃からかけて下さっていた様々なお褒めの言葉に、心から感謝している。
これから私たち親子は、親として、子として、私たちに合ったペースで一歩一歩確実に成長していきたいと思う。
コペルプラス平井教室とめぐり逢えたこと、そして関わってくださった全ての先生方と出会えたことに、心の底から感謝の意を伝えたいと思う。
教室での経験全てが私たち親子にとっての財産だ。
私たち親子を笑顔にしてくれて本当にありがとう。

 

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