わたしの教室の感動ストーリー

南森町教室:閉所
ふうちゃん

自立するため

史乃は6歳、春から普通学級で小学校入学を控えています。この時が来るのを史乃がコペルプラスを始めてずっと目標にしてきました。



史乃は先天性くも膜嚢胞と水頭症で、1歳と2歳に2度脳の手術を受けました。

髄液の流れを良くするための手術なので今も嚢胞と水頭症の大きさは変わっておりません。今は年に一度MRI検査を受けております。

史乃の場合は小脳あたりに嚢胞があります。小脳は運動分野の脳で圧迫されていたので2歳まで歩くことはできませんでした。いつも抱っこかベビーカーで移動をし、彼女自身不安気な表情を浮かべていたのが今は当時の写真を見ると分かります。

当時は母親の私も毎日が必死でした。

脳の先生に聞いても成長がどうなるかは分からない答えで私たちは不安が大きくありました。歩けるのか話せるのか、ほかの子供よりも明らかに発達が遅れていることは上の4つ離れた長女を育てていたので分かりました。

史乃の心配は脚のバランスが一番でしたが、知能面、社会面はどういった成長なのか全然分からないままでした。

手術後はリハビリに通ってましたが、他にできることはないか、何もせずに成長するよりも療育を受けてみたほうがいいと思い、いくつかの療育を探しました。コペルプラスをネットで見つけ、フラッシュカードやマンツーマンでその子に合わせて楽しい取組みをしてくれる療育にとても魅力を感じました。最初はドアツードアで電車で1時間かかる江坂教室でしたが、2歳から週に1回通い始めました。

とても優しい女性の先生たちで安心してお願いできましたが史乃自身が不安だったので扉を開けてしばらくは私も横に座って受けました。数ヶ月ほど経ってようやく慣れて1人で扉を閉めて療育を受けれるようになりました。椅子に座るのも身体のバランスが不安定でしたので教室で史乃に合った手置きが付いてあり安定して座れる椅子を用意して下さいました。非常に嬉しかったのを覚えています。彼女もおもちゃの取組みなど楽しんでいました。しばらく通園した後、本町教室が開校されましたのでより家から通いやすいと転校しました。コペルプラスは辞める選択肢はありませんでしたのでなるべく通いやすい場所で通いたかったのです。

その頃の史乃は歩けるけども安定感はまだなく隣に付いて歩く必要がありました。すぐ転んでしまうからです。お話しはいくつか簡単な単語をお話しできる程度だったと思います。

本町教室でも本当によくしていただきました。史乃の成長、変化に合わせて先生たちが様々な取り組みをしてくださいました。史乃自身もよりコペルプラスを楽しんでいるのが分かりました。幼稚園入園の時期になると南森町教室が開校されることになり、より家の近くにできたので転校しました。本町教室の先生方には史乃の入園の写真をお送りしました。

南森町教室も良くしていただきました。ひらがなや数字、足し算と繰り返すことにより、ゆっくりではありますが確実に覚えてきているようです。先生方の情報の共有化も素晴らしく、悩んでいることは次回に別の先生が試してくださいます。

家でプリント学習を半年前から始めました。最初はできるかなと思っていましたが、ひらがなを書いたり、一桁の足し算をしたり、コペルプラスでの積み重ねのおかげでスムーズにできています。今も毎朝、自分からするようになりました。

史乃は同じ歳の子からすると発達は遅く2歳の時は知能面、社会面も遅かったと思います。でも今は同じ学年の子と同じようにできている気がします。足のバランスは少し心配ですが走り回れるくらいの運動能力もつきました。手すりなしの階段はいまも課題ですがバレエを習えるようになりました。



どの教室でもその時の史乃を受け入れてくださり、温かく優しく療育してくださいました。史乃はそこまで臆することなく幼稚園でもお友達と楽しく過ごしています。親の私もコペルプラスで先生に話をしたりすることで心が救われました。

発達障害や様々な障害でお母さんの居場所がない方も多いと思います。療育に通うことで子供だけではなく親も社会との繋がりができるのは大きな心の支えだと思います。

お友達で発達障害を悩んでいたお母さんにコペルプラスの良さを伝え、始めた子も数人います。

春からは小学校に入学します。最終目標は史乃が自立して生活していけるようにすることです。そのために日々子育ても頑張って行きたいと思います。

この場で史乃を支えてくださった教室の全ての先生方に感謝申し上げます。

ありがとうございました。


 

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