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明石教室森のくまさん
歌ってすごい
コペルプラスに通う前は何事にも興味の薄かったこども。動物、乗り物、ゲーム、色々試したが手応えなし。ある日、コペルプラスにて「46億年前に〜」から始まる歌が出てきた。地球が生まれ、恐竜など様々な生物が進化を続けたよ、という内容だ。帰宅後はずっとその歌を繰り返していた。次回の授業でもこの歌が始まると背すじがシャキっと伸び、やる気が見えた。嬉しくなって古代生物の本を購入して帰った。本を読み、特にシーラカンスに興味を持ったようだ。シーラカンスのおかげで会話が増えた。生きた化石と呼ばれること、深海で暮らすこと、2種類発見されていること。口下手なこどもが楽しそうに教えてくれる。将来はシーラカンスや深海生物の研究者になる夢ができた。 -
放デイ北広島教室:閉所りーゆ
コペルと明日(あした)
僕は小学生3年生 僕は人と話すのが苦手 でも、話したい。でも、話せない。 だけど、話したい。 そんなある日、おかあさんがコペルに連れていってくれました。 体験入学にいきました。 すると、初めて会った先生が 「はじめまして」 と、やさしく挨拶してくれました。 なんだか、今までドキドキしていた緊張が一気に吹き飛んで、いっぱいコペルの先生と話したいと言う気持ちになりました。 そして、おかあさんがコペルに入会してくれました。 行く前は最初、ワクワクしていました。 行った時も 「こんにちは」 といつも優しくあいさつしてくれます。 なんだか、心からいやされますし、会話って素敵だなあと思いました。 たくさん話せるようになりたいとも思えるようになってきました。 レッスン中も一緒に笑ってくれます。 なんだか、一人じゃないと思えます。 なんだか、話すことが楽しいと思えます。 こんな時間があってもいいよね? こんな優しい先生がいてもいいよね こんなに笑いあえる時間ぎあってもいいよね 出会いってすてき つながりってすてき えがおってすてき 人とペラペラ話せないけど 今日よりも明日、明日よりもあさっての自分がもっと好きになれるといいよね 自分がここにいる そう思える自分に気づけるっていいよね 「先生」 まだまだ出来ないことたくさんあるかもしれないけど、1つ、できることがふえるだけでもいいよね 1つ、えがおになれる自分がいるだけでもいいよね 「支えてくれる先生」 これからも、一緒にたくさんの新しい自分の発見に力をかしてください。 まだまだ、気づいていない あしたの自分をさがしに行きます。 -
古河教室小川拓馬
ありがとう。
ちょうど一年前、息子の健診で言葉や、知能が遅れていると言われた。 3ヶ月に一回程度、地元の言葉の教室に通っていたが、頻度が足らなかった。 このまま、小学生になるにあたって、支援教室か、普通教室か選択を迫られていた。 日々悩む中、言葉の教室のスタッフにコペルプラスというものがあると紹介された。 体験し、息子がとても楽しそうだったので週に一回、お世話になることにした。 1回体験しただけなのに、2回目からは 『今日はコペルー?』 っと楽しみにしていた。 過ごしている中で、 出来るものが増えたり、 会話の引き出しが多くなったり、息子の成長が日々実感することが出来た。 もっと、早く通えればもっと変わっていたかもしれない。 そんな気持ちと焦りを持ちながら、コツコツと月日は迫っていた。 通い始めて数ヶ月 どうすれば良いかわからない私は、意を決して 『うちの子は大丈夫ですか?』 とコペルプラスの先生に訪ねてみた。 すると 誰にも言われなかった言葉が返ってきた。 『大丈夫。あなたの子供は愛される性格をしています。親を見ればわかります。 子供は知らない所でへこたれて、知らない所で大きくなります。 信じてあげても大丈夫。』 と言われた。 『大丈夫』 1番言われたかった言葉だった。 胸の奥に詰まったものが一気に解消された。 その瞬間、涙を堪えるので精一杯で、返答が出来なかった。 立場上、責任が取れない言葉は言ってはいけないかもしれない。 それでもあんな風に言ってくれた。 私たち夫婦は先生の言葉で救われました。 こんなに懐いている息子を 出来ることなら小学生になってもここに通わせてあげたかったな。 本当に ありがとうございました。 -
西日暮里教室メガネっ子
目が見えていなかったなんて
2016年7月24日に鹿児島で生まれ、不整脈のため2日後にNICUに搬送。幸いにも命に関わるものではなく1か月後には都内の自宅に帰宅。 兄が心疾患があり大学病院に通院していたため、念のため都内に戻ってから兄の主治医を受診。 WPW症候群ということが判明し検査のみですが通院することになった。 ●母の感じた違和感 生後すぐから兄である長男との違いに戸惑うばかりの子育て。 心臓以外は何も問題なく、どちらかというと他の子より発達の早かった兄に比べ、ひどい乳児発疹から始まり、アレルギー、蕁麻疹など肌トラブルのオンパレード。小児科と皮膚科を行ったり来たりしながら肌ケアに奔走。 抱っこをしていてもあやしていても、甘えてくる素振りがなく、「私のことを母親だと認識しているのだろうか?」を疑問を抱くようになったのが生後2か月か3か月のころ。表情も乏しく、家族と他人の区別がついているのかもわからず、「この子は自閉症なのでは?」と思い始めました。 大学病院に通院していたこともあり生後半年頃に小児神経外科、脳外科を受診。食事中に体をこわばらせるような動作が多々あったことから生後8か月でてんかんの検査をすることに。大学病院での脳波の検査なども異常がなく、まだ幼いため発達検査なども満足にできず、とても不安な日々を過ごしました。 ●目が見えていなかったことが判明 生後半年くらいから感じていた視線への違和感、1歳になる頃には確信に変わり、目がおかしいと思うようになりました。 テレビを見ているときや遊んでいるときもたまに黒目の位置がおかしい。相変わらずアイコンタクトもできず表情も乏しい。 確信を得ても撮影することができず、眼下に数件連れて行っても幼いので検査できない、3歳になったら検査したらいい、と門前払い。それでもおかしいと思いてんかんの検査をしてくれた大学病院の脳外科の先生に相談すると小児専門の眼科医を紹介してくれました。 ●「お母さん、この子、目が見えていませんよ」 小児専門の眼科に行き、先生から言われた一言。視力は0.058しかありませんでした。 「これがこの子の見えている世界です」と言って私にかけてくれたメガネは、この子の見えている世界を映し出すものでしたが、そこには光と、ぼやけた色彩しか存在していませんでした。まさか自分の子どもが目が見えていなかったなんて。呼びかけて笑わないのも「笑顔」を知らないから。こっちにおいでと呼んでも来ないのも「こっち」がわからないから。歩いてごらんと言われて歩き出さないのも「地面」が見えないから。一歳をすぎてもまだ自力で歩くことができず、焦り、声をかけ、無理に歩かそうとしていた自分を恥じ、なんてひどいことをしていたのだと自分を責めました。 でも小児眼科の先生は「いま気づいてよかったですね。この子は眼鏡をかけると見えるようになる。大丈夫。これから視力が育ちます」と言ってくれました。子どもは視覚から80%以上の情報を得る、その80%がほぼ遮断されていた状態なので発達にも影響があったのでしょう、ということも言われました。大人になるまでになんとしてでもコミュニケーションがとれるようにしなければならない!この日から療育探しが始まりました。 ●保育所に通う 「お母さんとずっと一緒にいる意図をくみ取ってくれるということがわかり自分から発信しなくなるから、自分から発信しなければ意思が伝わらない環境にいさせた方がいい」という医師のアドバイスの元、民間の所育所に通うことに。1か所目と2か所目ではひどく抵抗して、毎朝泣きじゃくり、迎えに行く頃には泣きすぎて自身の涙で頬が赤くただれてしまうほど。3か所目でようやく喜んで通える保育所が見つかり、幼稚園に通い始めるまでは保育所にか通うことに。と、ほぼ同時に療育も探し始め、コペルプラスのキャンセル待ちに。 多くの療育や民間の幼児教室に体験や入会もしての通学もしましたが、拒否反応がひどく、通学不可能に。 5歳となった現在も楽しく通えているのは幼稚園とコペルプラスだけです。(3か所目の保育園も卒園まで楽しく通いました) ●療育を探すときの不安 まず第一に自分の子どもが「障害児」である現実を突きつけらること。区役所でも、受給者証でも、各種書類には「障害児」という文字があること。それを目にするのが本当につらかった。第二に、障害児だということを前提で話をされることが辛いこと。まだ現実を自分の中でも消化できていないのに、体験の問い合わせなどで療育施設に電話をすると障害児だという前提で話をされること。当たり前のことがとてもつらく、電話をかけるのに数日を要することもありました。 ●コペルプラスとの出会い 眼科医、脳外科医、小児科医の医師に相談をした結果、6歳までが勝負だと思い込んだ私。心折れながらも検索しまくり、コペルプラスの情報にたどりつきました(同い年の甥っ子がコペルに通っていてその評判を聞いていたのも理由の一つです) 初めてコペルプラス川口教室に訪れた日、先生があまりにも優しく包み込んでくださって、「障害児」だとか「健常児」だとかいう言葉を使うこともなく、「どういう風になってほしいですか?」など、一人の子どもとして話してくださったことがとてもうれしかったです。それまで抱えていた想いがあふれてしまって、先生の前で泣いてしまったことをいまでも覚えています。 場所嫌いや人嫌いが激しい一成ですが、コペルプラスには毎日のように楽しく通っています。 表情も乏しく言葉もつたなかったこの子が、いまでは5歳児とは思えないほどの語彙力で話し続けます。 人の話を聞かず、コミュニケーションが一方通行なときもありますが、「笑顔」を人に向けられるようになった姿に私は感動しております。 ●コペルプラスで成長したこと ・人を好きになるということ 人と話すことが楽しいということ、人と関わることで楽しくなるということ ・語彙 季節の食べ物やことわざのリズムなどフラッシュカードで聞いた言葉を記憶しており、会話で適切に使うことができるようになってきました。 ・自分の居場所を見つける 幼稚園でも時折マイペースなところを発揮するようですが、人に迷惑をかけないようにひっそりと隅っこで本を読んでいたりするそうです。癇癪を起したり脱走するわけではなく、自分で自分の気持ちをコントロールしようという姿勢がみられるとのことです。 ・メリハリをつける 常に体を動かしていたいこの子ですが、運動したいがために頑張ってリンクカードにも取り組みます(カードは全く見ない日もいまだにありますが)。先生方が自身で気持ちに折り合いをつけられるように誘導してくださるので、一成もコペルプラス以外の時間でも自分で自分の気持ちを誘導するように話しかけているときがあります(僕はいまお菓子を食べたいけどご飯が先だからお菓子は後なんだよね。というように) ●嬉しかったこと ・感情が芽生えたこと コペルプラスに通って何よりも嬉しかったのは、笑顔が見られるようになったことです。いまではよく笑い、よく泣き、よく怒り、感情の起伏が激しくて困る場面もありますが、能面で人形のようだったこの子を抱いていたときの不安に比べたらなんでもありません。 最初のころ、全く見ようともしなかったフラッシュカードを先生方がこの子に話しかけながら、注意をひきながらずっと見せ続けてくれたおかげだと思います。 「視覚を使って情報を得る」ということを知らなかったこの子に、コペルプラスが「視覚を使えば楽しいことを知ることができる」ということを教えてくれました。 いつかのわたしのように、いま、子どもの成長が不安で、でも問い合わせをする勇気が出ないという親御さんたちに、どうか一人でも多くの人にコペルプラスの魅力が伝わるといいなと思っています。 この子の人生はコペルプラスで変わりました。人に笑顔を向けられるか否かで人生は大きく変わると思います。 親がずっと守ってあげられないからこそ、子ども自身に人とうまくコミュニケーションを取ってほしい。 人と自分が笑顔になる。そんなコミュニケーションを学ぶのがコペルプラスの療育だと感じています。 -
東雲本町教室みいママ
キラキラ笑顔
奇跡のようです。娘がきちんと椅子に座って、集中して課題に取り組めるなんて、、、 通い始めの頃はレッスンが成り立ちませんでした。 もちろん!離席する。扉を怪力でこじ開ける。 先生が楽しく着席を促してくれ、やっと座ったかとホッとして見ていると今度は腹這いで机に乗りレッスン道具を自分のもののように取り、勝手に遊びだす。外や隣から聞こえる音が気になって全く集中できない。 保育園の様子は見ることができないため、初めて娘の現状を目の当たりにしそれはそれはショックを受け落ち込んで帰っていました。 そのようなレッスンでも先生は必ず良い所を見つけ褒めてくださいました。でも母である私は正直「こんなに出来てないのに褒めるなんて、、」と不満に思っていました。娘が、「このままでいいんだ」と思ってしまわないかと、、。 私は「このままでは駄目だ」と躍起になり、お約束して教室に向かうようになりました。お約束が守れたら帰りにチュッパチャップスを買ってあげるのです。すると娘はチュッパチャップス欲しさにグニャグニャしながらも必死に椅子に座っているようになり、物を落としても「席を立たないお約束してるから」と拾うこともせず、、レッスンが終わった瞬間に「今日はご褒美あるよね!」としつこいくらいに言ってくるようになりました。「このままではご褒美のためにしか頑張れなくなってしまう」と、自分のやり方が良くなかったと思いながらも、激しい癇癪に根負けして買い与える日々、、。そんなときコペルで先生に相談してみた所、なんと次のレッスンから丁寧に折り紙で作ったメダルを、あいさつ、レッスン、プリント、運動、最後のあいさつ、と5個も用意してくださり、課題が出来たらご褒美として貼っていけるように作って下さっていたのです。その他にも、娘が好きなキャラクターの絵をプリントに書いてやる気をおこさせてくれたり、見通しがつくようやる事をホワイトボードに書いて準備してくれていたり、隣の音が気にならないよう教室を離してくださったり、色々と子供にあったやり方を模索してくださり、いつの間にか必死にお約束しなくても座ってレッスンが受けれるようになって、ご褒美のチュッパチャップスもパッタリと求めてこなくなりました。 今でもレッスン中癇癪がおきることはありますが以前と違うのは、怒りながらも指示に従えるようになった事です。 運動後1度教室に戻る時も「まだ運動したい!」と毎回癇癪がおきますが、先日は「ぜったいもっと運動する!教室に戻るなんてぜーーーったいヤダーーー!」とカンカンに怒りながらも自分で教室に入り、扉も自分で閉めて椅子に座ったのです。思わず笑ってしまいました。 思い通りにならないときの怒りの感情と一生懸命向き合いながら成長していってるのを感じます。通い始めは本人よりも母である私自身が不安を抱えていましたが通っていくうちに気づいた事があります。 それはどんなレッスンだったとしても思いきり褒めていいってこと。どんな時でも本人は頑張っているってこと。悪かったところばかり見てはいけないってこと。 最初の頃は私自身が下を向いて帰っていたけれど、今はレッスン帰りはニコニコ笑顔です。自転車で娘と2人コペルのお歌を口ずさみながら、、。 子供だけじゃなく親も成長させてもらえる場所、それがコペルです。 そして娘は1度たりともコペルに行きたくないと言った事がありません。 コペルは私達親子にとって、笑顔と自信をくれる大切な場所です。 -
川崎教室「セイボンヌ」
「成長発見の場」
「今日出来たことが、明日出来なくなるかもしれません。」 担当医から告げられた言葉を今でも鮮明に覚えています。 息子は妊娠40週で産声のない重症新生児仮死で産まれ、NICUで救命処置を受けました。 幸い、これまで息子には身体的な障害はみられませんが、ニ歳頃から周りの子に比べ言葉の発達の遅れを感じるようになり、療育センターの勧めでコペルプラスに通うことにしました。 コペルプラスではまず先生との面談で達成目標を相談、決定し、発達に合わせたレッスンを行ってくれます。 入所時、私達は息子の発語を増やしたかったため、個別クラスを選択しました。 最初は課題に全くついていけませんでしたが、子供にとっては長いであろう1時間弱のレッスンの間じっと座って集中してる息子の姿に、「何か変わるかもしれない。」という希望がみえ、続けてみようと思いました。 先生達は息子の得意な事、不得意な事、時にはやる気が見えない事も、温かかく見守り指導してくれます。 そんな取り組みが合っているのか、息子は楽しくコペルプラスに通い、そこで私達が発見できる成長も多々あります。 未だ言葉の発達に遅れがある息子ですが、先日教室の掲示板を見つめ「せ・ん・せ・い・し・よ・う・か・い」と一文字ずつ丁寧に読み上げたときはとても驚き、夫婦で感動を分かち合いました。 その他あいさつや生活面の指導も行ってくれ、「気をつけピッ!さようなら!」や、靴を揃えて脱ぎ「お靴ピッタリ!」なども、家や保育園で自然と出来るようになりました。 息子は挨拶がとても元気なので、保育園からも「毎朝元気をもらっちゃう。」と褒められるようになりました。 親からの相談もコペルプラスは親身になって答えてくれ、安心して通わせることができています。 個別クラスも慣れた頃、保育園から息子が場面の切り替えが出来なく困っている、と相談を受けました。 私達だけでは解決法がみつからず、コペルプラスへ相談し集団クラスを受ける事を提案されました。 何度か集団クラスに参加するうちに、周りの状況を観察する様子やお友達のマネが増えてきて、おかげで少しずつ切り替えが出来るようになったと感じます。 卒所の時期が近づいており、成長発見の機会が減ってしまう寂しさを感じていますが、コペルプラスで私達が学んだ「子供の個性を見つめ、尊重する。」という事を継続し、今後も息子の「出来た!」を発見し伸ばしていきたいです。 -
新丸子教室あ~み~様
コペルは息子と私の応援団
3歳と9日目。 ベランダとリビングを行ったり来たりしていた息子が耳に両手を当てながら 『ままー、きーきーしゃ(救急車)』 夕暮れ時。 ピーポーピーポー鳴るそのサイレンよりも大きな声で泣きました。 どんなに待ったか。 いつもニコニコ可愛い二男、きっと第一子と同じようにすくすく育っていくのだろうと思っていました。 でも喋らない。。。 『ママ』『まんま』も怪しい。 助けてもらいたくて家族以外を頼ったのも初めてでした。 コペルに通い始めて6ヶ月目の 『ままー、きーきーしゃ』は、夕暮れ時のベランダからの眺めと共に一生忘れないと思います。 感謝の気持ちを伝えたくて送ります。 通う度に笑顔で迎えてくださって、ありがとうございます。 子供のできるようになった事を、親よりも先に気がついてくださって、そして褒めてくださって、ありがとうございます。 コペルの先生の言葉一つ一つが 『フレー!フレー!応援してるよ!!大丈夫だよ!!』に聞こえます。 毎週それを聞きたくて通っている私です。 これからもよろしくお願いします。 -
本笠寺教室ぴな
コペルプラスと弟と姉
コペルプラスの体験に弟と一緒に行ったときはとても緊張しました。最初は待っている時間が正直つまらなかったです。だけど弟の楽しそうで少し真剣にしている様子を見てなぜかホッとしました。私と弟が慣れてきた頃には私も楽しくなっていました。それはコペルで先生たちが私にもやれることを教えてくれて一緒にお手伝いをさせてくれたからです。毎回コペルにいくことが私も楽しみになりました。思い出もたくさんできました。 先生たちが違う教室に行く時も私達を楽しませてくれた先生たちにありがとうという気持ちでいっぱいです。弟がコペルを卒業する時にはとても悲しかったです。母も大泣きでした。 でもコペルに弟と一緒に通ってみて先生たちのように人の役にたてるような大人になりたいと思いました。
